韓国ドラマを愛する私にとって、女優キムヘジャは特別な女優さんなんです。
ドラマ「まぶしくて」や映画「母なる証明」で私たちの心を揺さぶり続けてきたキムヘジャの演技は、まさに芸術そのものでした。
80歳代となった今もなお、最前線で輝き続けるキムヘジャの人生には、どんな物語が隠されているのでしょうか。
若き日の清純な美しさ、愛する夫との別れ、そしてアルツハイマー患者を演じた衝撃の演技。
今回は、「国民の母」と呼ばれるキムヘジャの知られざる素顔に迫りたいと思います。
キムヘジャの人生を知れば知るほど、その演技の深さに納得してしまうんです。
ぜひ、キムヘジャという大女優の魅力的な世界を知っていただけたらと思います。
キムヘジャの若い頃:清純な美貌と運命的な女優への道
1941年10月25日、ソウルの裕福な家庭に生まれたキムヘジャ。
お父さんは韓国初代大統領・李承晩政権時代に社会部次官を務めたエリート、お母さんは全羅北道群山の大商人の娘という、まさに良家のお嬢様だったんです。
200坪もあるリビングを持つ大豪邸で育ったキムヘジャですが、実は15歳も年上のお姉さんたちに育てられたそうです。
お母さんが病弱だったこともあり、両親の愛情を一身に受けながらも、少し寂しい幼少期を過ごしたのかもしれませんね。
若い頃のキムヘジャは、本当に清純で美しかったんです。
1975年、34歳の時に出演した調味料のCFでは、初々しくも知性美あふれる姿で多くの人々を魅了しました。
その美しさは、まるで花が咲く直前のつぼみのように、内側から輝くような魅力を持っていたといいます。
梨花女子大学在学中の1961年、キムヘジャはKBS公開採用タレント1期生に選ばれて芸能界デビューを果たしました。
でも、意外なことに、研修卒業作品としてドラマ1本に出演した後、きっぱりと女優をやめてしまうんです。
演技の基礎がなかった自分が恥ずかしく、女優への憧れが強かった分、失望も大きかったとか。
そして20歳の時、11歳年上の一般人男性と結婚。
この時期の結婚について、キムヘジャ自身は「女優を忘れるための逃げ道だった」と回想しているんです。
大学も中退し、長男を出産して4年ほど育児に専念します。
でも、やっぱり演技への情熱は消えなかったんです。
子供が4歳になった頃、高校の先輩の勧めで演劇を始めることに。
3年間舞台に没頭し、なんと演劇界のスターと呼ばれるまでになりました。
その後MBCにスカウトされ、以降テレビドラマで活躍していくことになるんです。
若い頃のキムヘジャは、挫折を経験しながらも、自分の夢を諦めなかった強い女性だったんだと思います。
その姿勢が、今のキムヘジャを作り上げたのかもしれませんよね。
キムヘジャとアルツハイマー:「まぶしくて」で見せた圧巻の演技
2019年、キムヘジャは人生で最も挑戦的な役柄に挑みました。
ドラマ「まぶしくて」でのアルツハイマー患者の役です。
このドラマは、アルツハイマー病の本人の目線で描かれた、ほぼ初めての作品として大きな話題を呼んだんです。
ドラマの前半は、若返ったヘジャが25歳の姿で人生をやり直すファンタジーとして描かれています。
でも観ているうちに「もしかして、これは…」という予感がしてくるんです。
そう、実はヘジャはアルツハイマー病で施設に入院しており、前半の出来事はキムヘジャの妄想の中で描かれていたことが明らかになります。
この構成が本当に秀逸で、最初「少し変わった人だな」と思いながら見ていたのが、実はそれがアルツハイマーの症状だったと気づいた瞬間、ドラマの見方がガラリと変わりました。
キムヘジャの演技は、まさに神がかっていました。
記憶が徐々に薄れていく様子、愛する家族のことさえも忘れてしまう切なさ、それでも残る母としての本能。
キムヘジャの目の演技だけで、言葉がなくても全てが伝わってくるんです。
ドラマの最終話では、ヘジャのアルツハイマー病はどんどん悪化していき、ついに愛する息子ジョンウンのことまで忘れてしまいます。
その姿を見守る家族の切なさ、そして本人の混乱。
この作品は、認知症という病気を患う本人の視点から描いたという点で、非常に画期的だったと思います。
百想芸術大賞を受賞した際のキムヘジャのスピーチは、心に響きました。
「私の人生は時に不幸で、時に幸せでした。
明け方のひんやりした冷たい空気、花が咲く前に吹くあたたかい風、日が沈むときに広がる夕焼けのにおい。
どの瞬間もまぶしくないときはありませんでした。
今、生きるのがつらいあなた、あなたはこのすべてを毎日楽しむ資格があります」
この言葉、本当に心にジーンと響きました。
人生の酸いも甘いも経験してきたキムヘジャだからこそ言える、深い言葉だと思います。
キムヘジャの夫:11歳年上の実業家との愛と別れ
キムヘジャの人生を語る上で、夫の存在は欠かせません。
キムヘジャが20歳の時、11歳年上の実業家Im Jong-chanと結婚しました。
夫は繊維業界で活動する実業家で、とても家庭的な方だったそうです。
実は、キムヘジャは「不良オモニ」と自称するほど、家事などはあまりしなかったんです。
料理のシーンで包丁の使い方が不慣れで、共演者に「料理したことありますか?」と聞かれて「やったことない」と答えたというエピソードもあります。
息子さんも「母が台所に入るのは珍しかった」「母が作る一番おいしい料理がラーメン」と語っていたのには驚きました。
でも、そんな妻を夫は献身的に支えてくれたんです。
「仕事が忙しくて子供の学校行事は夫が行ってくれていた」とキムヘジャ自身が語っているように、夫は妻の女優活動を心から応援し、家庭と子供を守ってくれました。
キムヘジャは夫について、こんな風に語っています。
「夫は魅力があって本当に良い人だった。がんで亡くなったが、亡くなる前まで『私がいなければ何もできないのに』と心配してくれていた」
しかし、1998年、夫は68歳ですい臓がんで亡くなってしまいます。
がんの診断を受けてたった1か月半での死別でした。お酒もたばこも吸わない、とても穏やかでまじめな方だったといいます。
夫の死後、息子さんは父親がどれだけ女優キムヘジャを支えていたのか痛感したそうです。
以後、キムヘジャは独身を通しています。
夫妻の間には一男一女があり、長男は貿易業界および食品業界において実業家として活動し、あの有名な「キムヘジャ弁当」の管理も行っているんですね。
27年前に愛する夫を亡くしたキムヘジャですが、その悲しみを乗り越えて、今も演技一筋に生きています。
夫との思い出を胸に、キムヘジャは今日も舞台に立ち続けているのかもしれませんね。
キムヘジャ現在:83歳で挑む新たな挑戦と変わらぬ情熱
2025年、84歳となったキムヘジャは、今もなお現役で活躍し続けています。
最新作「君は天国でも美しい」では、80歳で天国に到着したヘスク役を演じ、若返った姿の夫と再会する物語に挑戦しました。
この作品について、キムヘジャは「最後の作品になるかもしれない」と語っています。
でもその言葉からは、寂しさよりも、むしろ満足感が感じられたのは私だけでしょうか。
「心から満足のいく形で終えられて、本当に良かった」というキムヘジャの言葉には、長年演技と共に生きてきた女優としての誇りが溢れていると思います。
2024年には、なんと83歳にして初めての化粧品モデルに抜擢されたんです。
1941年生まれで今年84歳のキムヘジャがデビュー後初の化粧品モデルになるというニュースは、韓国中で大きな話題になりました。
年齢を重ねても輝き続けるキムヘジャの姿は、まさに「エイジレスビューティ」の象徴ですよね。
シワも白髪も隠さず、ありのままの美しさで堂々とカメラの前に立つキムヘジャの姿は、勇気を与えてくれていると思いませんか。
現在83歳のキムヘジャは言います。
「私がやりたいこと、関心のあることはただひとつ、演技です。だから、演技以外は本当に何もできません。演技が一番好きで、何より幸せです」
この言葉を聞くと、キムヘジャにとって演技は職業ではなく、呼吸をするのと同じように自然なことなんだと私は思いました。
64年間という輝かしいキャリアを女優として歩んできたキムヘジャだからこそ、言える言葉ですよね。
ソウルの高級住宅街ヨニ洞に住むキムヘジャは、今も芸術家として、そして一人の女性として、自分らしい人生を歩み続けているんです。
まとめ:まぶしく輝き続ける、永遠の国民の母
キムヘジャという女優の人生は、まさにドラマそのものだと思いませんか。
清純な美貌を持つ良家のお嬢様として生まれ、女優への道を一度は諦めかけながらも、情熱を捨てきれずに再び舞台へ。
愛する夫に支えられながらキャリアを築き、夫を失ってもなお演技への情熱を燃やし続けています。
若い頃の清純な美しさから、現在の円熟した演技力まで、キムヘジャの魅力は時を経るごとに深みを増していると思います。
「まぶしくて」でのアルツハイマー患者の演技は、多くの人々の心に感動を与え、認知症という病気への理解を深めるきっかけにもなりました。
83歳となった今も、化粧品モデルに挑戦したり、新しいドラマに出演したりと、その挑戦する姿勢は変わりません。
「演技は呼吸をするのと同じ」というキムヘジャの言葉通り、キムヘジャにとって演技は人生そのものなんですね。
愛する夫を失った悲しみも、年齢を重ねる不安も、全てを演技に昇華してきたキムヘジャ。
その姿は、私にとって、永遠の憧れです。
「どの瞬間もまぶしくないときはありませんでした」
キムヘジャのこの言葉を胸に、私たちも毎日を大切に生きていきたいですね。
これからもずっと、まぶしく輝き続けて、キムヘジャの演技を見られることが、私の幸せなんです。

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